「変身」(カフカ)

「変身」したのはグレーゴルか、それとも…

「変身」(カフカ/高橋義孝訳)新潮文庫

家族の稼ぎ頭・長男グレーゴルは
ある朝目覚めると、
一匹の毒虫に「変身」していた。
彼の意識は
はっきりしているものの、
言葉を話せず、
意思の疎通が不可能となる。
困惑する家族は、
しかし力を合わせ、
毒虫の処分を模索する…。

異常事態が発生するのは
朝の「変身」に気付く一瞬だけで、
あとは毒虫のまま、
日常生活が淡々と描かれていきます。
だからこそ、
SFではなく純文学なのです。

それにしても、
何度読んでも
後味の悪い小説です。
何度読んでも
心に引っかかりのできる小説です。
そして何度読んでも
新しい発見のある小説です。

家族からの仕打ちについての描写は
痛々しい限りです。
家族から軟禁状態にされる。
父親からリンゴを投げつけられる。
無理矢理閉じ込められ
背中から血を流す。
最後には「これを処分するしかないわ」
という言葉が妹の口から発せられる。

多くの人が読み解いているように、
「毒虫に変身した」のは
「障害を負った」「寝たきりになった」
「ぼけた」等、
「自分をコントロールできない状況」を
暗喩しているものでしょう。
現在働いて
一家を養っている立場の人間としては、
何とも胸が痛む内容です。
何かがきっかけで
自分が家族の重荷にしか
ならない状態になったら…。
そう考えると、
夜も安心して寝られなくなります。

さて、ここで私が問題にしたいのは
「家族の変容」です。
グレーゴルの変身前のようすは
描かれていないものの、
ごく普通の家族だったはずです。
それがグレーゴル「変身」後、
彼に対する仕打ちが
次第に冷酷なものとなっていきます。
そこに現れているのは
むき出しの人間のエゴなのです。

「もしこれが兄なら、
 人間がけだものと一緒に
 生活できないことぐらい理解し、
 自分から出て行くはずだ。」

これが兄に対する妹の言葉でしょうか。

そうです。「変身」したのは
長男グレーゴルだけではありません。
家族もまた「変身」したのです。
長男が一瞬のうちに
心はそのままに
外形が無残な姿に変化したのとは
対照的に、
家族は徐々に徐々に
姿形は変わらないまま
心だけ醜く
変形させてしまっていたのです。

終末の場面では、毒虫が息を引き取り、
残された家族3人は
明るい気持ちで再出発を祝います。
すがすがしい描写の
何と後味の悪いこと!

というように深読みしなくとも、
この小説は十分スリリングに
読み進めることができます。
中学校3年生あたりに
お薦めでしょうか。

(2019.7.13)

2件のコメント

  1. ヤフーブログでは本当にお世話になりました。
    楽しくやり取りさせていただいた記憶は自分の宝となっています。
    この度ヤフーブログ廃止に伴い、
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    それではお待ちしております。

    もぞ

    1. もぞ様
      コメントと連絡ありがとうございます。
      こちらこそ大変お世話になりました。
      これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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